感性は変わる?
私は14歳の春以来、散髪屋さん
いわゆる“美容院”には行っていない。
そう、中学2年から、
髪の手入れは工作用のハサミと三面鏡を使い自分でやっている。
理由は色々あるのだが。
まず、他人さまに上半身
特に“頭”や“顔”を触られるのが苦手なのでる。
難儀なことに自己散髪をする時
何故か酔っ払ってハサミを持つことが多い。
酔っているから気が大きくなり、思い切ってバッサバッサとやる。
その時はなかなかの出来栄えだとだと思い
自分の“感性”に敬意を表しながら
もう一杯やってからお風呂に入って寝てしまう・・・
しかし次の朝、三面鏡で良~く観察すると
あちこちに大きなハゲチョロケ、小さなハゲチョロケ。
結果、妻の嘲笑を背に、夏なのに深く帽子を被り出勤となる。
知人たちは初めのうち
「一応、一級建築士事務所の所長なのだから、それは~ちょっと・・・」と
警告を発し続けていたのだが、
最近は私の髪型が爆撃を受けた状態であっても何も言わない。
懲りないオッサンだと思っているのだろう。
さてさて昨夜、
しこたま呑んでからハサミを持ってしまった。
今日は午後から大事な打ち合わせがある。
へこたれない精神
さてさて長い間お休みをいただいてしまった
その理由は?
公募展に出す作品作りに一点集中していたのである。
ズボラ者の私には
年に数回、手に汗を握るような経験をしないと心も体も萎えてしまう。
身の丈知らず、猪突猛進の私は、今までも色々困難な物に挑戦してきた。
その度に多大なる挫折感を味わうのだが
なんせ私は”へこたれない”
学習能力が無いというか
何故か「苦しかった事」はすぐに忘れてしまう。
いわゆる鬱病などとは何ら関係ないオプチミストなのだろう。
人には大きく分けて
楽しかった事はすぐに忘れ、苦しかった事をしつこく記憶にとどめる人と
(このタイプ、私の知り合いでも結構多い)
また悪かったことはすぐに忘れ、楽しかった事を大事に記憶にとどめる人がいる。
(このタイプ、私の知り合いでは滅多にいない)
しかし殺伐としたこの世界で
心身共に健康で過ごそうと考えるなら
絶対に後者でなければならない・・・と考えるのだがどうだろう?